境内のハス池では、梅雨の間に緑色の葉っぱがグングン大きくなり、その隙間を縫うようにして花芽(はなめ)が伸びてきた。この花芽が充分に膨らむと、いよいよハスの開花が近い。
箕輪やその周辺地域には、ひと昔前まで、あちらこちらに“ハスの田んぼ(蓮田)”があったそうだ。これはもちろん観賞用ではなく食用のためで、泥の中を這いまわる根っこ(地下茎)=レンコンを栽培していたのだが、完全防水の長ズボンなど無かった頃の収穫作業はたいへんな重労働だった、と伺ったことがある。一方、子どもたちにとっては、ハスの葉っぱが自分たちの背丈ほどの高さまで伸びるので、たとえば“かくれんぼ”などの遊び場所になっていたのだそうだ。また、ハスの葉っぱの上に水滴を垂らすと、水の玉がユラユラコロコロと踊っておもしろいので、多くの子どもが一度は夢中になった覚えがある。
インドでは、過酷な夏の暑さをやわらげる憩いの場所として、池や川などの涼しい水辺に人々が集う。そして、その水面に咲くハスの花は、安らぎの象徴として親しまれている。その上、インドの神話的な意味合い(世界創造の神さまが金色のハスの花の上にお坐りになっている)も加わって、特別な花として尊ばれている。
ハス(蓮)とスイレン(睡蓮)は、どちらも水生の多年草であるが、厳密には品種が異なるのだそうだ。インドでは両者を明確に区別し、さらに白・赤・黄・青などの花の色によって呼び名が変わる。ごくごく簡単にいうと、背が高いのがハス、水面スレスレなのがスイレンで、これらを総称して「蓮華(れんげ)」ともいうのだが、結局のところ、我々は両方をあわせて「ハス」と呼んでいる。ちなみにラーメンやチャーハンを食べる時に使用する“れんげ(ちりれんげ)”は、その形がハスの花びらに似ていることに由来するらしい。
ハスは、泥の中に根を張りながら、それでいて泥の汚れに染まることなく、むしろ泥からたくさんの栄養を吸収してグングンと成長し、やがて美しく穏やかで清らかな花を咲かせる。そんなハスの有り様を、我々の理想的な生き方に喩えることがある。たとえ悲しく苦しい出来事がおこっても、また悩み事が尽きなくても、決してそれに挫けることなく、それをむしろ良い肥やしであると受け容れて、より強くたくましく、それでいて穏やかに、まるでハスの花のような清らかな心持ちで生きていくことができたならば、それはとても素晴らしいことだと思う。(副住職孝善)